オーストラリア人の個人主義の先に幸せは存在するのか

国際恋愛

先日、現地のオーストラリア国籍を持つ日本人と話す機会があった。

彼はまだ30代前半なのだが、一戸建ての家を2軒所有しておりそれを人に貸して利益を得ている。さらに、現地の一流大学を卒業しており高収入の専門職にもついてまさにお金持ち。

趣味のサーフィンや音楽づくり、友達とのパーティ、キャンピングなど、まさに独身貴族で人生を謳歌しているようであった。

しかしそんな彼が私にポツリと話したことがある。

「俺、誰かのために努力できないし自分の子供を幸せにする自信ないんだよね」

みんながお金になれる国、オーストラリア

オーストラリアはとても開放的で自由な国だ。自分の意見も言いやすいし、電車で電話で話そうが大声で歌おうが何も言われない。

そして何より生活水準が高い。オーストラリアに生まれ、オーストラリア人としての国籍を持っているだけで未来は約束されたようなものだ。

やりたくない仕事や給料の安い仕事は移民やワーホリの外国人がやってくれる。その分、条件のいい仕事をすると言うのが当たり前。

大学や専門学校を出ていれば、その後の収入はとりあえず年収400-500万からスタート。30代には1千万を稼ぐ人も少なくはない。そしたら余ったお金で副業として不動産をしながら働く。週末はパブで友達と飲みに行こう。

これがオーストラリア人のよくあるスタンダードではなかろうか。少なくとも私の周りには投資や不動産運用をしているオーストラリア人は少なくはない。そりゃーカフェの2000円のランチなんか余裕で払えますよね。うちら留学生からすると高価なんですけど。

お金に困らないから、やることがない

日本人は働き者だ。毎日朝から19時くらいまで働いたら家に帰ってあとは寝るだけ。でもオーストラリアは17時までしか働かないからその分、ゆったり過ごすことができる。

日本は頑張れば、収入が上がる国。大学や就職でがんばれば、人生でいいことがあると信じられる。でもオーストラリア人はよっぽどヘマしない限りは収入に困らないし、目的がなくたってなんとなく暮らせてしまう。

両親が大金持ちでいくつか不動産を持ってたり、有名企業で働いていても普通に鬱になって薬を飲みながら仕事しているオーストラリア人。

いくらお金があっても、幸せじゃない理由を考えてみた。

個人主義は自由だが生きる意味をなくす

少し前にこんな記事を読んだ。自分が快楽を味わうよりも、人に施しをするほうが幸福度はあがると。

オーストラリア人の不幸はここから来ている。個人主義は自由で素晴らしいものだが、彼らにとって家族や子供は自分を縛るものでしかない。だったら離婚しちゃえばいいんじゃない?っていう。

日本人はたとえパートナーに問題があったとしてもとりあえずは耐える。子供のためを思って離婚しない親もたくさんいる。でも、オーストラリア人は嫌いになった瞬間すぐ離婚する。だから離婚率は滅茶滅茶たかい。

さらに、すごいのは離婚して子供がいても彼氏彼女をバンバン作ること。どんどん家に出入りさせる。子供の面倒はベビーシッターに任せて、自分は友達や彼女と遊びに行くんだ!っていうのも頻繁。

オーストラリア人は自由や自分の快適さを追求するあまり、人のために何かを我慢することができない。これがオーストラリアの個人主義の先にある孤独や鬱なのではないか。

アジア人は家族を大事にし、家族のために働き、幸せを維持し、守ろうとする。安らぎはいつも、あたたかな家庭の中にある。

しかし、オーストラリアでは幸せが多様化かつ個人的なものになっていった結果、何が幸せなのかがわからなくなった人が多いのかもしれない。

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