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薬物中毒のオーナーから学ぶ、人生の意味と薬物中毒者の悲惨な結末

さて、前回で以下のシェアハウストラブルについてかかせていただきました。

オーストラリアのシェアハウスで薬物中毒のオーナーと戦った話〜前編〜

オーストラリアのシェアハウスで薬物中毒のオーナーと戦った話〜後編〜

今回の件は、色々な試練をくぐり抜けてきたわたしでもかなりヘビーな体験となりました。しかし、この彼と結婚直前に訪れた事件はわたしに多くの学びをもたらしてくれたのだと思います。

人生の意味を失ったオーナーの苦悩

わたしが当初出会った頃、オーナーはいかに自分の人生が楽しくうまくいっているかを話してくれました。オーストラリアの有名大学を出て高度な専門職についていたこと、オーストラリア大きな家を2つ所有していたこと、趣味はナイトクラブで遊んだりサーフィン、キャンプをすること、独身で気ままな生活をしていること、、などなどです。

この時はこの人が薬物や保証金詐欺に手を染めるなんて思ってもいなかったのです。

しかし、独身として人生を謳歌していたはずの彼は、いつしかわたしに本音を吐露するようになります。

彼がしきりに話していたのは、家族を持っても幸せにできる自信がない、というものでした。わたしは彼が40近いおっさんだったのでなにいってんだこいつ?としか思っていませんでしたが、実は彼は、ずっとずっと、孤独な人生を送っていたのです。

話を聞く限りだと、父親はいないようでした。母親はオーナーのことを疎ましく思っており、ついには母親と住んでいた家を突然追い出されます。さらに、外国人の彼女と一緒に住み始めたものの、1ヶ月程度で彼女は家を出て行ってしまいます。また、仕事も人間関係がうまくいかず辞めてしまいます。

つまり、彼にあったものはお金と自由でした。しかし、安心できる家族も、心許せる友人も、支え合えるパートナーも、気軽に笑いあえる仕事仲間も、彼は持っていませんでした。

生きる意味を模索し始め、精神的に不安定になる

そんな彼は、最初のうちは楽しく過ごしていたようですが、最後の砦である母親から家を追い出されたことで状況は急激に悪化してきました。自分が貸しているシェアハウスの倉庫に住み出し生活は乱れ、薬物とお酒に溺れて行きます。

日本で買った、人生の意味、仏教の教え、どう生きるべきか、などという自己啓発本を読んでみますが、しっくりきません。彼は、完全に生きる意味をなくしてしまったのです。

誰とも話さない1日が終わる。仕事はしなくても生きていけるお金はある。外に出れば自分より頭の悪い奴ばかりだ、そんな状況で、彼は誰とも交わることができなくなっていきます。

シェアハウスの女の子たちを食事に誘って見たりもしますが、冷静に40代近いおじさんといきなり食事に行く若い女性などいるはずもありません。

彼は次第に、社会や人から拒否される苦しみから逃れられなくなって行きます。

辛く寂しい、からっぽな人生を忘れるにはお酒が1番です。でも、お酒だけじゃ埋められない空虚さを、さらに薬物で埋めようとします。気づけば常に薬物を使用している、「麻薬中中毒者」を生み出してしまったのです。

人が悲しく、寂しい時はいつもそうです。最初はお酒をのみます。でも、それでもだめなら薬物をやります。薬物がないと精神が保てなくなりますが、お金がかかります。お金を作るためにはなんでもできるようになります。

そして、保証金詐欺を繰り返すように、彼は成り下がってしまったのです。かれは自分の姿がもう見えません。その日その日の寂しさや虚しさを埋めることでもがき、苦しみ、薬物で束の間の安らぎを埋めることができるのです。

人生は、お金と自由ではどん詰まりする

人は皆、お金持ちになりたいと夢をみます。それはもちろんです。正直なところ、世の中の大体のことはお金で解決するからです。病気も、トラブルも、お金があればなんとかなります。これは揺るぎのない事実なんです。

しかし、人の心はお金で買えないとは昔の人はよく言ったものです。

人の心は一時的にならお金で買うことができますが、実際にはお金の切れ目が縁の切れ目になることがほとんどです。

かつてかの有名な歌手、宇多田ヒカルがPrisoner of love という大ヒット曲の中でこう歌っています。

強がりや欲張りが無意味になりました
あなたに愛されたあの日から
自由でもヨユウでも一人じゃ虚しいわ

宇多田ヒカルは類稀なる才能と富に恵まれた人です。しかし、彼女もお金と自由では人生の生きる意味を見失うことに早くから気づいていました。だから、家族と子供を作ったのではないでしょうか。

有名なハリウッド女優のインタビューでも、人生で不可欠なものは?と聞かれた際に、即答で愛!と答えていました。

全てを持っていても、人の繋がりや愛がないと人生は悲しい

オーナーは、普段は強気な態度でしたが、いつも寂しく、心の底では助けて欲しいと叫んでいるようでした。いつもこの人はとても可哀想な人だと思わざるを得ませんでした。

シェアメイトの中には、家族が日本から来てくれている人、いつも楽しそうに家族と電話をしている人、そして婚約中の幸せそうなカップル、、、そういった人をずっとみていたのだと思います。だからこそ、最後の救いを求めて私たちのシェアハウスに引き寄せられて来たのだと思います。

(みんな楽しそうだなぁ、きっと自分もここにいれば自然と仲間に入れてくれるはずだ、、、)

そんな淡い期待はすぐに打ち砕かれ、さらにオーナーは罪のない同居者に危害を加えるようになって行きました。

まさに、浮かばれない地縛霊のようだと思いました。

私は、彼の中に亡霊を見ていました。自分はここにいるのに、誰も気づいてくれない。誰も愛してくれない。もっと自分を見て欲しい、もっと自分を尊敬して欲しい、もっと自分を受け入れて欲しい。そうしないなら、、、気づいてもらうために悪さをするしかない。

幸せな人は、みな周囲との関わりを持ち、助け合って行きています。それが家族だったり、友達だったり、パートナーだったりと形はそれぞれだと思います。しかし、それが完全に失われた時、人間は薬物やアルコールに溺れ、犯罪に手を染め、そして亡霊になっていくのです。

散々な思いをしましたが、結婚する前に私は多くな教訓を得ました。周りの人に優しく、与えられる人になり、清く正しく生きることで、人生のどん底にいくことはないと。

これからもきっと、オーナーは苦しみ続けることだと思います。しかし今彼の周りには誰も忠告してくれる人はいません。私が最後に向き合い、忠告したのは彼にとって最後のチャンスだったのかもしれません。

彼がいつか幸せになりますように、とは思わずにはいられません。

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